第8章 知覚することと言語化すること

発話するということ

言葉を発することによって、その音は実際に知覚されます。その知覚は、今まで本書で追って来ましたように、やはり予期・準備状態を呼び起こし、「音波」の刺激情報を取り出し、受け取ります。また、発話は、現実の刺激情報として受け取る「音波」とは別に「意味」を有します。今、存在しない情報までも心像として想起させることもできるのです。それはいかにして行われるのでしょうか。

「事象としての発話」

運動と音

自然界では、いくつかの例外を除き、運動している対象から音が発せられます。その音を知覚することによって、実際にその運動を視覚的に知覚しなくとも、その音の意味「聴覚的情報」から、運動を特定する事ができます。

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発話が与える2つの情報

上で説明したように、発話も運動から生み出される音波です。物理的に身体の調音器官から発せられる音波を聴覚的情報として、知覚することができます。それと同時に、その音の組み合わせから、言葉の意味というものを情報として知覚することができます。 物理的な音波である情報が、一つのまとまりとして知覚された時、言葉として意味を持ち、発話内容の情報が知覚されます。これは、聴覚的知覚情報を取り出し・受け取る準備状態ができ、図式を当てはめることができるからです。
⇒音声信号というのは非常に複雑な情報であるという特別な考えをU・ナイサーは否定しています。全ての知覚情報 は時間的連続性を必要とします。それは、「椅子」といった対象を見る時もそうですし、「椅子」と言った相手の言葉を聞き、意味を理解する時も同じです。音声信号のみを特殊で複雑なものと理解する必要はないでしょう。

音声の知覚における運動説(Liberman 1957)

相手の発話している情報を知覚し、意味を理解するのは、相手と同じ運動を行った際に可能となると仮定した。 しかしこの仮説は、視覚的情報の知覚の際に、例えば「相手の表情を知覚するため自身も同じ表情をしなければ、知覚できないのか」と言えば、そうではないでしょう。また、「聴覚的情報の知覚は視覚的情報の知覚とは異なり特殊な作業を必要とする」ということも「特別に仮定する必要はない」という反論もあります。

「発話における視覚的情報」

複数のモダリティによる知覚

乳児は、常に身体を動かし、調節し、情報を受け取り、取り出していて、それらに関心を払っています。
乳児がちょうど、ある対象を視覚的に知覚し、そこにその対象を表す「名前」を聴覚的に知覚することによって、その聴覚的情報を知覚循環に組み入れ、その聴覚的情報をその対象の属性であると認識するのです。

音が組み込まれる知覚循環

発話においては、その音源の運動が視覚的には知覚されません。これは、音声を発する運動が口腔内で起こり、物理的に確認されにくいからです。そして、近くで別の対象が、実際には音を出してはいませんが、発話に見合った運動が視覚的に知覚された場合、その別の対象が発話しているように知覚されます。このように、本来、聴覚的情報の発信源の定位は両耳に到達する音波の時間的差異によって知覚されるのですが、不安定なもですので、視覚的知覚情報の知覚循環に取り込まれやすく、聴覚的情報の発信源の定位が実際とは違った対象と知覚されることがあります。
この性質により、実際には音源ではない、スクリーンに映し出された映像から音が聞こえてくるように知覚され、 映画などが、自然に楽しめるのです。

「名称と指示対象 ~ 一つの試論」

乳児の知覚活動

乳児は、常に身体を動かし、調節し、情報を受け取り、取り出していて、それらに関心を払っています。乳児がちょうど、ある対象を視覚的に知覚し、そこにその対象を表す「名前」を聴覚的に知覚することによって、その聴覚的情報を知覚循環に組み入れ、その聴覚的情報をその対象の属性であると認識するのです。

発話の理解と文法

人は、例外を除いて単語だけで話すことはしません。ある程度の時間的連続性を持った「文」で話します。特に大人は、長い文章で話をします。その時の発話内容が指し示す対象が近くに存在すれば、その対象と発話内容を同一の知覚循環に取り込んで、理解が容易に進められますが、発話内容が指し示す対象が見えない時、その発話内容の理解には、文法構造の理解を必要とします。この文法構造の理解によって、発話内容の部分的な単語が何を指示するかということを理解でき、心像を想起させ、そこに存在しない対象の話も可能になるのです。

「内観の始まり」

視覚的情報と聴覚的情報

子どもは最初、実際に存在する対象から視覚的情報を取り出し、または受け取った時に、その対象の図式や知覚循環に組み込まれている聴覚的情報も同時に知覚し、言葉や音として表現できます。

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その後、実際に存在する対象からの視覚的情報が無くても、聴覚的情報を発する事ができるようになります。この時、子どもの中では、「イヌ」の視覚的情報の心像が想起されていて、その想起された心像に聴覚的情報も組み込まれているのです。このような発達段階になりますと、実際に視覚的情報として取り出し、または受け取る事のできない対象についても知覚循環を繰り広げ、図式を修正するなど情報を操作できるようになるのです。

嘘をつくということ

嘘をつくということは、更に発達を必要とします。想起させた心像に、別の聴覚的情報を組み込むなど、実際には物理情報として知覚できない情報を他で想起させなければ嘘はつけないのです。ですから、心像の想起とその操作がスムーズに行なえるようになって初めて嘘がつけるのです。

内観報告

子どもは、以上のような発達が進むことによって、知覚循環から抜き出した図式=準備状態の心像を持ち、それを見ることによって、実際には存在しない対象や心像を準備しても見ないであろう対象、その空間を叙述することができます。その叙述は、子どもにとっては小難しいことではなく、その子どもの中で経験し、知覚したものを叙述しているだけに過ぎないというような様子で、心像を述べていきます。

まとめ

実際に知覚した視覚的情報に、その対象自体が聴覚的情報を発したり、他からその属性などの聴覚的情報が与えられる事によって、それら聴覚的情報は、その対象の知覚循環に組み込まれます。これによって視覚的情報の知覚循環に聴覚的情報が完全に組み込まれれば、視覚的情報を心像として想起させることで、聴覚的情報が同時に想起され、発することができますし、聴覚的情報が与えられるだけでその視覚的情報も心像として想起させられます。

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