第7章 想像することと想起すること

心理学者の考える心像(イメージ)と哲学者が考える心像

ある心理学者たちは、意識にいたった後にも心像は操作され、調査され、処理を受けるもので、それは、あたかも心像が絵であり、被検者が実際にその絵を見ているかのように考えています。
しかし、この考えに対して、哲学者達は、心像を見るためにはそのための完全に新たな一揃いの知覚装置が仮定されなくてはならないと主張します。この難点を感じて、全過程は実際には舞台裏で行われ、意識していると思っている部分は、実際には完了している操作の痕跡を見ているに過ぎないという考えを持っているのです。

実際に知覚しいるものと、心像として持っているもの

この世界は、今知覚しているものなのしょうか、作り上げられた自身の心像なのでしょうか…。どのよう方法なのかはわからないが、我々は、当然のように心像と今知覚している情報を区別する事ができています。
パーキーの実験では、実際の知覚と心像とが混在するという報告出ています。
⇒被検者にイメージの中で絵を描いてもらい、その中で気付かれないように、光学的情報を与えます。それを、実際に知覚したものではなく、被検者自身が「私のイメージの中のものです。」と言います。このことは、実際に知覚している情報と、イメージが混在してしまっているという事になるです。しかし、セーガルの追試では、有意義な実験結果は得られていないようです。

知覚循環の連続の中と外

知覚された図式は、時間的空間的連続性のある知覚循環の一部です。
心像は、知覚循環で構成・修正された図式が、その知覚循環から切り離されたものです。それは操作を可能をとするが、その瞬間もこれからも続く知覚循環からは切り離されるため、知覚循環の中の図式のように修正されることがありません。

「知覚的予期としての心像」

心像とは

心像を持つということは、「内的な準備段階にある」ということです。人によって心像の種類や質が異なるのは、抽出しようとしている情報の種類や質が違うためなのです。
Aさんの心像…Bさんに比べて家に対して意識が向いています。

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Bさんの心像…Aさんに比べて山に対して意識が向いています。

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以上のように、同じ経験をしていても注意を向ける方向、興味付けられる対象が異なれば、心像も異なります。
⇒心像は過去の経験から作られた想像のもので、未来の知覚に使われる想像のものなのです。すなわち「図式」です。

想像上の…

しかしながら、「図式」とニュアンスが少し異なるのは、期待していない未来や、知覚したことの無いもの(ユニコーンなど)の心像も持つことができるのです。よって、この時、心像は「図式」として未来の予測を行ってはいません。しかし、奇跡的に「ユニコーン」が出現した時、心像を持っている者のほうが、持っていない者よりも早く知覚できるでしょう。

見ることの予期と見ないことの予期

見ることの予期・・・視覚的図式によって引き出されます。
見ないことの予期・・・時間的空間的連続性の無いものは、個人の認知システムで見ないであろう予期が立てられます。
なぜ「見ないことの予期する心像」が現れるのかは、無意識や欲望を象徴しているといった、フロイトの精神分析や、ユングの臨床心理学的な話になります。

「場所づけ法」

認知地図の修正

たとえ、実際に知覚していない状況の変化であっても、言葉で伝え聞くだけで認知地図を変更修正する事が可能です。例えば、出勤前に、ある電車の路線が事故で不通になっているという交通情報によって、その電車の路線が今日は使えないこと。または、使っても時間通りには電車は来ないし、時間内に会社に着けないだろうということを普段の認知地図に付け加え、修正し新しい認知地図を作り上げる事ができるのです。この修正された認知地図は実際に経験し、知覚していないものですが、強固にその個人の活動を方向付けます。

複数の認知地図

ある特定の空間に、Aがある場合、Bがある場合、Cがある場合、AとBがある場合、AとCがある場合…、といったように、複数の認知地図が作られます。このことによって、類似した多数の認知地図を持つことになるので、時間の経過に伴って、誤りが生じやすくなります。

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②と③は、①と比べて類似しているので、誤りが生じやすくなります。

場所づけ法

一連の場所を一つひとつイメージし、それぞれの場所に記憶項目を結びつけていく。そして、その記憶項目を再生することが必要だとしたら、単純にその道筋に沿って歩き、各場所からの記憶項目の検索をイメージするだけで良いということです。

「連合・心像・記憶」

心像を持つということ

心像を持つということは、これから知覚しようとしてるものを準備している状態である。

連合の記憶

イルカと柵を覚える場合、柵の中にいるイルカを心像として持つと記憶が容易になる。

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二つの対象を関連を持たせる…ここでは、空間的連続性を与え、同一の定位図式に収めることによって、記憶を容易にする事ができます。
このように、何らかの関係性を与える事によって、記憶は容易になりますが、一般的に人々がどのような方式で記憶を行っているか見ると、組織立った優れた記憶術は確認できないのです。
過去の実験でも、ナイサーが何度も述べているように生態学的妥当性を欠いた実験結果ばかりで、参考にはなりません。

「触覚と味覚」 P,152 ~ P,154

触覚と視覚 ~モダリティごとの知覚循環~

見て得た視覚的情報は視覚的情報の知覚循環の中で、図式になり、役立てられます。
触って得た触覚的情報は触覚的情報の知覚循環の中で、図式になり、役立てられます。
聞いて得た聴覚的情報は聴覚的情報の知覚循環の中で、図式になり、役立てられます。
ですが、それら各モダリティは、独自の知覚循環を持っていますが、同時に、相互に深く関連付けられています。
⇒触って「硬かった」「重かった」という触覚的情報は、その物を見た時の視覚的情報とも結びつき、「硬そうだ」「重そうだ」 と見て感じることもできます。
⇒逆に、見て(定規なども用いて)「5cmだった」「10mmだった」という視覚的情報は、その物を触った時の触覚的 情報とも結びつき、その情報量が豊富になると触った感じで何cmか想像が付くようにもなります。

受動的な情報抽出 ~味覚~

味覚で得られる情報というのは、その他の知覚に比べて幾分か受動的なものです。よって、能動的に取り出す情報とは違って、その味覚によって作り上げられた図式というのは操作して変化させにくいものになるのです。

「心像を操ること」

視覚コード

マイケル・ポズナーとその仲間の実験によると、先に提示された文字と次に提示された文字が、「A」と「A」というように同じ場合では、先の文字と次の文字が「A」と「a」というように大文字と小文字で違う場合より、早く同じ「A」であると知覚できたという。また、次に視覚的に知覚される文字を、告げておくだけでも、早く知覚できたという。

この実験から、マイケル・ポズナーは「視覚コード」の存在を考え、そのコードを心に描き、適合するものを探し出すような知覚構造を仮定したのだが、これも、U・ナイサーにしてみれば「受動的な構造」で、図式のような能動的な働きを考えなくては、一般性を持たないと述べている。

心像の操作

ある図形と同じだが、角度が違う図形を探し出す時、最初に見た図形を心像で回転させる必要がある。その操作は、角度に応じた時間を要する。それは確かに、心像として持ったイメージの操作であり、見るであろう、または見ないであろうものの予期・準備状態である。